言霊師

「…しかし…煩いな。そう喚くな。―――『縛』」


聞きたくない事を書き消すかのように慟哭する一言主を険しい表情で睨んだ慎は、呪詞でその体を床に縫い止めた。鎖のように張り付くそれから逃れようとしても、四肢や首に絡み付く言霊の鎖は食い込むばかりだ。

やがて、喚く力も失せた頃。少しずつ黒い靄が消えていき、憎しみに染まったその姿が露わになる。
好んで着ていた平安装束の直衣は袖も裾も破け、色素の薄い長い髪は、適当に結っていた跡形もない程に乱れていた。
そして、黒い感情に染められた証のように、口元には牙があった。

慎はそれを満足げに見下ろすと、すぐ側まで歩み寄り、顔を覗き込んだ。


「…そう慌てずとも、私が思い出させてやろう。」


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