Tactic
「離して」


私は、低い小さな声で呟いた。


早く……早くどいて。じゃないと私の心臓の音、聴こえてしまう。

「今日は……これで我慢してやるよ」


一瞬、私を覆う智也の腕に力がこもった。


それと同時に、私の心音じゃない別の鼓動の音までも聴こえた気がした。


すごくはやい……


早鐘をうつかのような音が……


「智也……?」


まさか、智也の心音?

私から離れた智也は、顔をこちらに見せもしないで屋上にあるプールの階段を降りていった。


「じゃあな、トーコ」

ヒラヒラと手を振る智也。


だけど決してこちらを向こうとしない。


階段を降りていく智也の背中は、いつにもましてどこか寂しげに見えた。
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