しなやかな腕の祈り
次の日から隆弘は仕事に来なくなった。

親方たちにも何の連絡もないまま
最高の仕事仲間は居なくなった。


あたしが電話しても、メールしても
着信拒否されていて
一向に繋がらなくなった。


絵里ちゃんは、あれからすぐに入籍したけど
隆弘が仕事を辞めたことも
連絡が取れなくなったことも
あたしは何も告げなかった。


あたし自身そんなに暇じゃなかった。





「遊女、お初…大屋多嘉穂」





曾根崎心中の役柄が発表されて
あたしは堂々の主役に抜擢された。



練習と仕事に追われる毎日が
あたしから隆弘という友達の存在を
日に日に薄くしていった。




『良かったやんか、主役!!!』




お母さんは酒を飲みながら
主役に抜擢された自分の娘を誉めて



『さすがやね、あたしの娘は出来が違う』



なんて、勝手に憂いていた。

お母さんはひたすら海外公演の毎日で
寝る暇すら与えて貰えない程だったそうだ。

あたしもあたしで毎日の忙しさに
止めていた煙草をまた吸い出していた。

この頃は毎日雪で、冬は厳しさを増してくる。


本当に春なんか来るのか???
< 93 / 137 >

この作品をシェア

pagetop