<超短編>月との距離。
クドリャフカ。
クドリャフカというのは、初めて宇宙にいった犬の名前らしい。
母は宇宙に飛ばされた不幸な実験動物に変なロマンと夢を抱いて、子供の私に「浮花」という名前をつけた。
クドリャフカのフカ。
私は星空の中に漂う人工衛星をみるたび、哀れな犬と、哀れな犬から名づけられた哀れな私に思いを寄せる。
私の名前をみて、皆、「きれいな名前だね。」という。でも褒められるのは名前だけ。
やせっぽっちで、ヘビースモーカーの私に褒めるところがないので、苦し紛れで名前を褒めるんだ。
あまりに煙草を頻繁に吸うので、母に禁煙外来に連れて行かれた。
中年の医師がにこやかに「きれいな名前ですね。煙草をやめれば、肌つやもよくなるし、名前以上の美人さんになれますよ、あなたなら。」とお世辞を言った。
あっけにとられていると、母が嬉しそうに「ほんと、ツィギーみたいにスタイルいいのに根暗でねえ。」と余計なことを言った。
やせっぽっちで根暗って、年頃の娘に散々な言いようだ。
診察後、家のベランダでやはり煙草を吸う私に、母はため息をついて言った。
「ツィギーはとっても魅力的な女性よ。あなただって、魅力的なのだから、煙草をやめてくれればねえ。」
私は月に煙草の煙を吹きかけた。
煙草をやめたらツィギー、やめなければ闇に消えていくクドリャフカ。
なら、私はあなたが最初に決めたようにクドリャフカで生きたい。
今日の月が、紫煙の向こう側でクドリャフカと私を包んでくれているような気がした。
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