テディベアは裏切らない




夏がきた。

だから私は、今まで以上に本を読む。家ではパソコンに向かう時間を増やして、キーボードをひたすらに打ち続ける。指は、どれだけ酷使しても、彼女の傷のように痛くはならない。だから夜中の三時まで起きていることも苦にならない。

彼女は苦しんだ。まだ、苦しんでいるかもしれない。どちらにしようと、私には彼女の味わっている苦しみはわからない。わかりきれない。

だからせめて私は、本を読む。物語を紡ぐしかない。

小説家になりたい――彼女と最初に出逢った時、聞いた言葉だ。

「本好きなの?」

「うん」

彼女が座っている席はちょうど、カーテンの陰になっていて。

「私も本好き」

「牧田さんも?」

「うん。ね、いつもたくさん読んでるよね? すごいなあ」

「牧田さんだって読んでるよ」

「私は、うん、まあ」

ときどきカーテンが揺れて日が射し込むと、とてもあたたかくて。

「……たいの」

「え?」

「小説家に、なりたいの」

そんな時にポロッと将来の夢を口にした彼女の、恥ずかしそうな笑顔は、まだ、まぶたを閉じればちゃんと思い出せる。
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