学び人夏週間
シャンプー類やバスタオルなど、風呂の荷物を部屋に戻し、講師業務再開。
その前に理科部屋へ行き、田中先生に声をかけなければならない。
「お風呂上がりました。田中先生もどうぞ」
自習の女子生徒が数名いる理科部屋で自分の仕事をしていたらしい彼は、メガネをかけた顔をこちらに向けて頷いた。
「あ、はい。ありがとうございます」
静かに立ち上がり、教室を出る。
その場にいた女子生徒がみんな、名残惜しそうに彼の背中を見た。
女子人気、高いんだ。
わりと無口なのに、不思議な人。
講師なんて口がうまくてなんぼだと思っていたから、地味&無口なキャラで講師が勤まっているのも不思議なのに。
きっと彼は、言葉数こそ少ないが、人を惹き付けるような話し方が上手い。
怪談の時のように。
魅力の秘密をもっと知りたい……と思わされているあたり、私もすでに彼の術中にはまっているのかもしれない。
私は自分の仕事のため、国語部屋へ戻った。
部屋には松野がひとり。
学校の宿題をやっているようだ。
「進んでる? 宿題」
私が声をかけると、やつれたような顔の彼女がこちらを向く。
「全然ですよ。塾の課題のせいで、半分も終わりません」
お、言葉の切れ味だけは戻ってきた。
はじめは腹が立っていたのに、こんなことに安心まで覚えるようになった自分に驚く。
「でも、一番厄介な読書感想文が終わったんだから喜んでよ。結構デカいと思うけど」
「それはそうですね。一番面倒だったんで、とても助かりました」
松野が今取り組んでいるのは、どうやら数学だ。
一年の夏休みだから結構基礎的な問題なのだけど、数学が苦手な私は、解き方をすっかり忘れていてわからない。
南先生がいない間に、私に質問に来られたらどうしよう。
などと考えていたら、松野がぽつりと言った。
「私、本は読まないですけど、小説は読むんですよ」
「え? 本は読まないのに、どうして?」
「携帯小説です。ネット上にアップされてて、携帯で読めるんです」
ああ、なるほど。
携帯小説か。
私はほとんど読んだことがないけれど、作品が数多く投稿されているのだと、聞いたことがある。
無料で読めるものが多く、老若男女問わずハマっている人も多いのだとか。