夢みる蝶は遊飛する
私は“家族”というものに憧れていた。
幼少期の経験から、家族というものは当たり前にある存在などではなく、儚く尊いものだと知っていた。
だからこそ、家族のことを厭わしく思うということが、できなかった。
たとえ“バスケをしている私”だけを両親が愛していたのだとしても、構わなかった。
バスケをしていたときはたしかに、私は愛されていたのだから。
家庭崩壊というのだろうか。
その後の私と母の間には、ほとんど会話はなくなった。
その日以来、責められもしなくなった。
ただただ怖かった。
また施設に戻されるのではないかと。
一緒にいられなくなるのではないかと思うと、怖くて仕方なかった。
その後、父がどこでどのように過ごしていたかを、私は知らない。
調べればわかることだろうけれど、私はそうしなかった。
たぶん、母も。
きっと私たちは、父が自らの意思で帰ってきてほしいと望んでいたのだろう。