獣闘記
空気が止まっている。



龍太は父の呼吸を、目で、耳で、鼻で、肌で探していた。

すぐそこに姿が見えているのに、遠い。

本堂の中の暗闇がやけに大きい。


二人は向かいあったまま動かない。



敏彦は、左手を肩の高さまであげ、右手を胸の辺りに構えている。
いつもの構えだった。



南海はただ立っている。
笑顔を浮かべたまま、ただ立っている。全く力が入っていない。



ただ立っているだけなのに、敏彦は踏み込まない。

いや、踏み込めないのだろう。

幼い龍太にもなんとなくそのことがわかった。



暗闇が粛々と足元まで広がってきた。
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