世界の説明書
名子は小さい肩を揺らし必死に涙をこらえていた。失明しても、涙は普通に出る。失明しても大好きな人と離れるのは寂しく、悲しい。子供だって大人と同じように悲しむ。明子とケン君のお母さんはそんな名子の姿を見て、どれ程この幼い二人がまだ、一緒に遊びたいのか、どれ程までに今日という日を迎える事に怯えていたのか、一瞬にして理解出来た。明子はまだ五年しか生きていない子供の純粋な心を見て、人との別れが来るのが当たり前だと諦めきって、自らにあらかじめ別れ際に演技で涙を流す程の余裕を持って人と接する、大人の弱さ、ずるさを恥じた。人生で最初の大きな別れ、それを乗り越える為に必死に名子が選んだのがコーヒーゼリーだった。泣きじゃくる名子をケン君は何も言わずじっと見つめていた。周りのお客達は、こういう店でありがちな子供のわがままが爆発しただけだろうと、誰も彼もがこの小さな女の子の決断の意味を理解する者はいなかった。名子の涙はケーキ屋の黒くなった甘い木のフローリングの隙間に溶けるように染み込んでいった。