世界の説明書
「ママ、ねえ、ママ、なんで、なんでこの町から出て行くの?僕ここにずっといたいよ。もう一人で遊びたくないなんて我がままいわないから、ねえ、ねってば、 どうしたの急に?」
「坊や、よくお聞きなさい。私は、あなたのせいではないとずっと言ってきたけど、でも、私達のせいで人が一人死んでしまったの、それは私達がここでの、この町での『流れ』というものを変えてしまったという事なの。本当だったらあの子は助かったかもしれないし、事故に会わなかったかもしれない。ううん、そんな事は無い、でも私達という偶然が彼の運命を変えてしまったのよ。あなたは本当に良い子よ。あなたと同じ年の子供達はお友達のみんながいて、みんなの中で自分を見つけて、成長していける。あなたはそんな子供達と遊びたいのを必死に我慢して、私の言いつけを守ってくれている。本当にあなたは強い子よ。でもね、人の悲しみは、ずっとずっとその町に残るの。目に見えないだけで、その事故があった場所には悲しみが宿るのよ。死んでしまった男の子の両親や友達、彼に置いてきぼりにされてしまった人達が、彼を忘れない為にその場所を通る度に、その人達が誰かを置いてきぼりにするまでずっと、ずっと、彼の事を思いだし、偶然を憎み、運命に怯え、そして悲しみが残るの。そして、その悲しみは徐々に純粋さを失って、怒りや、妬みや、その場所を通る人達の心と混ざって、ぐるぐると回って、その町の片隅でひっそりと理解してくれる人が通るのを待っているの。色んな感情が、季節や温度で色や、質を変えてだんだんと町に溶け出していくのよ。それは、筆から垂れた一滴の絵の具が透明な水の色を少し濁らすのと同じ。もう、この町は透明ではなくなってしまうの。寂びしくなった悲しみはどんどん悲しくなって形を変えて、悪さをする時もある。ママはその悲しみを透明にできる人達がいる事も分かっているわ。でも、私たちはここを出て行かなくちゃ駄目。坊や、あなたは優しい子ね、あなたがぶつかった女の子が最近公園に来ないから心配しているんでしょ。ママも近頃はあの子がどうしているのかは分からないの。ただ、あの子の母親が笑顔で他のお母さんと話している顔を見たから、安心してもいいはずよ。さあ、そろそろ行きましょう。」