最愛の人



「今日は、初美ちゃんに用があって来たんだ。」


……?
あたしに?

何の用かな?


「実は…初美ちゃんを攫いに来た。」



「そうなんで……はぁ?!」


『そうなんですかー。』なんて呑気に答えるところだった。

今“攫いに来た”って言ったよね?
あたしの聞き間違いじゃないよね?


“攫いに来た”って“誘拐”するってことだよね?
それで、身代金払えーって電話するやつ!



「あたしなんか攫っても身代金出ませんよ!」

って思わず叫んじゃった…。



目の前からは笑い声が聞こえてきて

「初美ちゃんって面白ね。」

なんて言って必死で笑いを堪えてる。




………からかわれた。


よく考えればわかることだよ。
誘拐する人が、「攫いに来ました」なんて言うはずがない。



一向に笑いが収まらない秦さんを睨んであたしは玄関に向かいドアに手を伸ばした。


だって…
いつまでも笑いすぎだよ。
変な事考えてたんだって思うと恥ずかしくてとりあえず逃げたかった。



「待って、どこ行くつもり?」


ドアに伸ばした手を掴まれた。
声のしたほうへ視線を向けると顔は笑顔なのに目は笑ってない顔の秦さんが横に立っていて…一瞬体が動かなくなった。



ううん、“動かなかった”じゃなくて“動けなかった”んだと思う。

きっと目から変なパワーが出てるんだよ。

そのパワーのせいで体を固められちゃって体がいう事を聞かなかったんだって頭の中で妄想してたから、頭は正常に動いてたみたい。

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