危険な誘惑にくちづけを
 しかも。

 佐倉君と二人で、黄昏色の街を歩きだした、最悪の瞬間にわたしの携帯が鳴りだした。

 まさか……まさか。

 今頃になって、紫音から……?

 味もそっけもない、紫音の携帯電話のマネをして。

 わたしも携帯には、特に手を加えてなかったから。

 誰でも一緒の着信音が、鳴り響く。

 それでも、全然不便じゃなかった。

 メールは、水島や、柴田や。

 他のメル友から、来たりするけれど。

 わざわざ電話をかけてくるほど。

 わたしの声を聞きたがったり、急いで何かを相談しなくちゃいけない用事が発生するのは、紫音しかいなかったから。
 
 佐倉君とキスをする寸前までは、あれほど待ちわびた電話だったのに。

 今となっては、出るのに戸惑う。

 ……罪悪感で。

「……電話だよ?
 オイラは構わないから、出れば?」

「……」

「……もしかして、相手は、彼氏?」

 そう、なんて。

 言えなかった。

 だけども、それと察した佐倉君は、にやり、と悪魔みたいな顔をして笑うと。

 わたしの鞄に下がっている専用のポーチから、奪うように携帯を取り上げた。

「ちょっと、何するの!」

 突然のコトで驚くわたしに、佐倉君は、ますますほほ笑むと……凶悪な顔で言った。
 
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