AEVE ENDING
「…どうして、壁を見てる?」
まるで鏡のように写し出す、己の穢れ。
それを見ているのか、お前は。
ロビンのその言葉に、倫子はくしゃりと顔を歪めた。
「…理由なんかないよ」
ロビンの質問に倫子は小さく笑うと、妙に活気づいた声で続けた。
「あんた、日本語うまくなったじゃん」
らしくない、あやふやで要領を得ない、曖昧な口調で。
―――それから。
「誤魔化すな」
感じた違和感にロビンが間髪入れずに釘を刺せば、倫子の肩から音もなく力が抜けた。
海側に立つ吹き抜けの柱と回廊の壁の距離は大きい。
己の影など、映りはしないのに。
「…汚いよね、ここの壁は」
漏れる苦笑。
痛ましさを含む、憐れな吐息は精一杯の虚像を含みつつ、騙してしまおうと試みている。
「…染み付いてるんだ。私達が産まれるずっと前から、ここを学舎にしてきたアダム達の強い灰汁が、染み付いている」
人が吐く泡のようだと思った。
白漆喰の色は、そんな雰囲気を感じさせる。
倫子はズルズルと背中を柱に滑らせると、床に仰向けに寝転がった。
服が汚れるという概念はないらしい。
視界に天井とロビンを含みながら、ゆっくりと瞼を閉じる。
その姿は今にも息絶えてしまいそうに、儚い。
「…本当は、壁を見てたんじゃなくて、空を見てられなかっただけなんだ」
唇が動かないのは、恐らく独り言に近いからだろう。
静かに回廊に木霊した言葉はやはり、音もなく、消えた。
ざんばらの睫毛が震える。
「そうするしかなかった。眩しくて、融けそうだったから」
昔は、そんなことなかったのに。
「…家族といた時はさ、妹弟達とこうして地面に寝転がって、空を見ながら昼寝してた」
あの頃は曇り空が優しくて、穏やかで、きれいだった。
汚染された空だとわかっていても、それでも確かに空を覆う雲は流れていくから。
「…あの頃は、後ろめたさなんか感じなかったのに」
それは、懺悔、だろうか。
後ろめたさを感じるのは果たして、「空」に対してなのか。
倫子の口から出た「妹弟」の言葉に冷や汗を掻きながら、ロビンはただ耳を傾けていた。