AEVE ENDING
「…まだ、あったんだ」
感嘆を漏らした倫子は、ふらふらと断崖に近付き高見から眺めるその稀少な景観に目を奪われている。
汚染された海しか見たことのない倫子達の眼に映る目映いほどに輝く紺碧は、時たま白い飛沫を散らし穏やかに揺れている。
水平線に近付けば近付くほど、汚らしい褐色と化してはいくものの、崖下の海はまさしく戦前の「海」の色だ。
実際に美しい「海」など見たことないが、この色彩を前に言われなくてもわかる。
「……」
真横と下方から吹き荒ぶ潮風が緩やかな気配を以て倫子達を過ぎていった。
それを受けた倫子が、ゆっくりと首を巡らす。
―――「地球」という名の揺りかごの、げに美しきことよ。
「…美しいだろう」
不意に掛けられた声に、倫子の体が強ばった。
ビリ、と皮膚を伝う、桐生の気配。
振り向けば、あのビルで見た時以上に老け込んだ白濁が、双子を引き連れて岩に腰かけていた。
無意識に構える。
桐生は、ただ静かに倫子を見ていた。
(―――幾田桐生…)
その灯火は既に、消えかけているのではないか。
「…この場所は、戦前の汚染から唯一免れた場所だ。この星は、こんなにも美しいもので溢れていた」
桐生の視線は倫子達を通り抜け、深緑の海を見ていた。
まるで今際の言葉。
そんな桐生の側で、操られていない正気の目をした双子は寄り添うように立っている。
桐生に反旗を翻した筈の彼らに、なにがあったのか。
「…いつも、考えていた」
桐生が静かに語り出す。
そこにはもう、ピグマリオニズムの桐生はいなかった。
(―――死に水を取ることを、何故、僕達に)
「人の傲慢さが、いつまた再びこの美しい星を壊してしまわないかと。多くの命が失われる中、幾年と掛けて創られてきた稀少な土地が、海が、空気が奪われていくのだろうかと―――嘆き、憂い、苦しんだ」
人が人を殺す世界。
欲望に満ち溢れたこの理不尽な人の世が繰り広げられる舞台が、果たしてこの鮮烈で美しい星であっていいものか。