AEVE ENDING






『橘…倫子さん、かしら?』

しかし私の安堵はすぐに崩された。
かた事務的な声が、私の名を呼ぶ。

振り向こうと体を反転して──そこで意識は途切れ、次に目覚めた時には記憶が飛んでいた。





『……しかし、…、こ…は』

人の声だ。
朦朧とする意識がゆっくりと浮上する。

いつのまに眠ったのか。


(───違う、眠らされた)

瞼が重い。
目を開けたいのに、開かない。
瞼越しに強いライトが当てられていることがわかる。
周囲の空気に刺激臭が混じる。薬品の臭いだ。

それに、肌寒い。

(洋館の一室…?)

寝かされている。
でも、ベッドじゃない。
硬く冷たい、病院の寝台のようなものを背中に感じる。
それから、人の気配。


『…橘倫子。ふむ、体は健康だな、丈夫そうだ』

すぐ傍で嗄れた男の声がするが、気配はひとりだけじゃない。

『…しかし、この値はなんだ。アダムですらない完全な人間を弄ったところで、成果が得られるのか』

カリカリ、執筆する音がする。

(…なに?)


『だからこそ、意義があるのだ』

───神に背いた罪深き生物を、神に還すのが我々の仕事だろう。

(なんの話?)

目を開けて問えばいいのに、何故か異様な空気を感じて狸寝入りを決め込んでしまった。
自分の置かれた状況を、現実を目の当たりにするのが、怖かったのかもしれない。

カリカリ。
ペンが走る音と三人の息遣いが耳につく。

得体の知れない恐怖に、全身が粟だった。

(箱舟はアダム養成学校の筈だ。…なんで、こんな)

今自分の体を囲んでいるらしい三人の男達の会話が、理解できない。

(私のこと、人間、って)

どういうこと?



『起きてるのだろう』

不意に声が掛けられた。
一瞬誰に向けられた言葉か迷うが、狸寝入りがバレていたのだと観念する。

ゆっくりと開けた視界に、眼球を焼ききるような強烈な光が直射した。

『眩しい』
『…あぁ、すまんな』

開けた瞼をもう一度下ろして苛立たしげに言えば、すぐにライトは逸らされる。
それを確認して、もう一度目を開けた。


―――映ったのは。





< 310 / 1,175 >

この作品をシェア

pagetop