AEVE ENDING
まるでその首筋から香り立つような潮の香りが鼻を掠めると、雲は晴れ、緩く凶悪な月が顔を見せていた。
「…いいも悪いも、」
彼女はなにを言いたかったのか。
『雲雀』
―――彼女は。
「……、」
不意に月が霞む。
無意識下で感じ取る生物の気配に、雲雀は視線を揺らす。
周辺を網羅もせず、一直線に辿り着いた眼下の浜辺に、最近では見慣れた陰がちらついた。
「橘」
まさしく渦中の人物が、ゆったりとしたペースで浜辺の波間を歩いていた。
海は崖下。
西部箱舟は崖上に位置するその角度通り、雲雀からは真下の倫子の動向が丸見えだった。
しかも普段より明るい夜に、倫子の姿はくっきりと浮かび上がっている。
走り、歩き、跳ねて、回る。
爪先に波でも遊ばせているのか。
遠目でも分かる倫子のはしゃぎように、雲雀は我知らず溜め息を吐いた。
(なんであそこまで暢気かな…)
危機感を感じないわけがないのに。
なにしろ、貧困エリアで闇組織に狙われたのは、他でもない自分であると理解している筈なのに。
(僕以外のものに殺らせるつもりは、毛頭ないけど)
今は見極めている途中だ。
(だから、まだ)
───あぁ、そうじゃない。
(そうじゃ、ない、)
「…?」
不意に届いた微細な音に、雲雀はすぐさま思考を手離した。
眼球のピントを合わせれば、蹲る倫子の背中が視界の端に見える。
───肩を激しく揺らして、頭を垂れて砂浜に膝を付き、まるで痛々しく、震えて。
耳を澄ます。
「…っ、は、」
荒い息遣い、早い心音と、血流。
「ゲホッ…、っぅ、ぐ」
詰まる呼吸。
惨めに崩れさる体。
ダポンッ…。
無様に水面を叩く音が、辺りに虚しく落ちた。
「…っ、ぃ、は」
浅い海中に上半身を沈めた倫子が、再びゆっくりと起き上がる。
完全に汚染された海の波間。
多種多様な細菌に、病んだヘドロ、先の大戦でばらまかれた石油。