AEVE ENDING
目眩を起こしてその汚水に倒れたのか、それとも。
さすがに汚らしい倫子の姿に、雲雀の眉が寄る。
そこに表れるのは、不憫というより、不快感。
思わず手を貸そうかと石段から身を乗り出した───その時、ただ蹲っていた倫子が頭を上げた。
それでも顔を俯かせたまま、緩く息を吐く音と、液体を掬う、音。
(助けて)
流れ込む、絶望の淵での懇願と痛み。
―――ごくり。
その醜い体に、なにを孕んでいるの。
「―――橘」
「…っ!」
喉が溶けてゆくような痛みに耐えながら、倫子は顔を上げた。
気配もなく、悟らせもせずにこちらを正視する、耽るような目と、遭う。
───あぁ、目眩が、目眩が、する。
…ずるり。
靴裏が砂を舐める音。
明らかに近付く、真っさらな気配。
幾ばくかの、きれいなものが混じった艶やかな香りが、そっと近付いてくる。
(…近付くな)
「なにを、してるの」
(頼むから)
「ねぇ、橘…」
脳髄を責める、柔らかで残忍な音程に身が竦む。
(来るな、見るな、)
―――頼むから。
ざりざりと砂を蹴る音がする。
逃げたいのに、動けない。
腕の傷を侵す塩水に、喉を焼く汚水に、陵辱される理性に。
(近付かないで)
「…っ、」
俯けていた頭を、背後から顎を掴まれて引き上げられる。
走る世界に映る、きれいな生き物。
いやだ、いやだ。
その綺麗で静かな、眼が。
(…見るな)
醜い。
この体も腹の中も血肉も全て、醜い。
雲雀の顔を見たくなくて閉じた倫子の瞼の上に、薄暗い月光が注ぐ。
それは、曝された証明だ。
醜いこの体を露呈された残酷で、無慈悲な。