AEVE ENDING







―――『死にたい』。

そう呟いて俺に縋った、あいつはもう、どこにも居ない。







「…嬉しそうね」

煙草を咥えたまま物思いに耽り、だらしなく口許を弛めていた男に、女はそう声を掛けた。
火のつかない煙草を灰皿に押し付けながら、白衣の男は自分と反して不機嫌そうな彼女を一瞥する。

ここは男の職場であり住居――西部箱舟の医務室である。
四台の簡易ベッドと、壁一面に嵌め込まれた薬品棚、大きな窓の前にデスクがひとつ。薬棚横のドアは私室に使っているワンルームへと繋がっている。

デスクに凭れ腕を組んでいる女の眉間には深い皺が刻まれており、ついには溜め息まで漏れた。
彼女の視線の先には、事務椅子に腰掛けくるくると回転している奥田たきおの姿。

「呆れたわ」
「なにがあ?」

しらを切る奥田に、女は苛立ちを顕に声を低くする。

「―――なにが、ですって?あの修羅のパートナーを橘倫子にしたこと以外になにがあるっていうの!」

怒声と共に、デスクに広げられていた資料が叩き落とされた。
バサバサッとけたたましい音が白い破片を床にばらまく。


「…相変わらず短気な、ササリ」

ササリ、と呼ばれた女は、まるで堪えていないらしい奥田を容赦なく睨み続けた。
教師になる前からの同期であるこの男の考えていることが、未だに理解できない。
完全に思考がイッてしまっているのだ。
教師という職に就けたこと自体、不思議でならない。

危険な男だ。
自分の嗜好を果たす為なら、なんだって犠牲にするような。

だからこそ、雲雀と倫子を。


「どうして…」

忌々しげに吐き出したササリに、奥田はやっと顔を上げた。

過去の惨事を、何故今、蒸し返すのか。
意味などないだろうに。
傷を開くだけの戯れなど。



「誰かさんにも言われそうだなあ、それ」

ニタリ。
歪な微笑を張り付けながら、奥田は喉の奥で笑う。

「当たり前だわ…」

救いようがない、とでも言いたげに、大仰に肩を下げる。
そんなササリを横目に、奥田は口角を上げたまま煙草に火を点けた。




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