AEVE ENDING





―――人影。




パタ…。

浴室の扉に映る不透明なその影は、相変わらずの痩躯で、そして洗練された純水のように落ち着き時に激しく、倫子に無体を強いる力、絶対的な、絶対的な。



「…、」


―――ひばり。

口にしたかった名は、喉に張り付いた湿気によって声にも音にもならなかった。
浴室のドアノブを捻る音がする。


「…っ」

無意識だった。

パシャン、と冷めた湯が跳ねる。
折った膝の間に慌てて顔を埋め、無様な狸寝入り。


(…バレるかな。…バレる?)

とくりとくりと心臓が跳ねていた。

あぁ、これは、もしや水を伝いバレてしまうのではないか。


キィ…。


不躾にもドアが開く。

雲雀の匂いが、気配が、毛穴という毛穴に染みて、力一杯心臓まで埋められてしまうような気がした。



「…橘」

あぁ、雲雀の声だ。

浴槽に響く、高すぎず低すぎず、ただ心地好い、音程。
心臓を直接掴まれているように、皮膚が跳ね上がるほど悲鳴を上げていた。



「…眠っているの?」


眠ってるよ、眠ってるよ。
一体、なにしにきたのさ。



「…莫迦だね」

―――溜め息。
噎せるような空気が、ゆっくりと倫子へと流れてきた気がした。

カタ…。



「、」

瞼を閉じた真っ暗闇のなかでも、その強烈な気配だけは鮮明に判る。
バスタブの真横、タイルに腰を乗せた雲雀の手が、ゆっくりと伸びてくる。

俯いて、剥き出しになっていた項に、柔らかな指先が触れた。


「…っ」


バシャン…。

跳ねた肩に、雲雀がにたりと笑む―――笑むのが、わかった。

暗闇の中でも。

それでも、顔は上げられない。
上げたくなかった。


(―――だって、見られた)

裸じゃない。
裸じゃなくて、この濁った湯を、見られた。

(私の灰汁が融解した、醜い塊)

雲雀の指先は、まるで遊ぶように、躊躇なく倫子の肩を撫でてゆく。
施術痕を滑らかな指腹が掠める度に、ぞくりぞくりと肌が粟立った。

(―――あぁもう、触るな、触るな、触るな)

祈るように繰り返せば、耳朶から首筋に到達したきれいな、きれいな指に、深く俯けていた顎をするりと掬われた。





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