銀鏡神話‐翡翠の羽根‐
一息の間の後、キャルナスはまた美紗に有難う、と唱える様に言った。

「……此で終わったつもりか?」

このまま、終われば良かった。

大悪魔ヴェルディは決して赦さなかった。

「紅鬼!」

キャルナスは自分の大切な召喚獣に駆け寄った。

頭部が消え去った巨大な紅鬼の死骸は、一回ピクッと跳ねたかと思うと、直ぐに紅い焔の様な色が、汚れた苔色に染まり、腐敗していった。

「紅鬼……申し訳ない……」

キャルナスは紅鬼の死骸にすがりつくと、涙を流した。

「酷い……

殺さなくたって、殺さなくたっていいじゃない!?」

美紗を嘲笑いながら、自ら短刀で、多分紅鬼との戦いでつかい物にならなくなっただろうもう片方の腕を斬り捨てた。


ボタッ


落ちた腕は気持ち悪い低音を響かせる。

「支配者、殺しは芸術だ。

儂はまた此の鬼を殺し、芸術作品を作っただけだ。」

醜くて、残虐で。

悪魔は人を数え切れない程殺した人が成る生き物。

大悪魔は千もの人を殺した人。

キャルナスは違ったけど、少なくとも此の人は歪んでしまった。

「あたしは、あたしは貴方を赦さないから!」

恐い、本当は此の大悪魔が恐くて、今すぐ逃げ出したい。

けれど、彼女は小さな小さな腕に、沢山の物を抱えてしまったから。

逃げ出せない、いや逃げないんだ。

「くくく。

支配力が尽きた今のお前に何が出来る?」

何も出来ないよ。

無力だよ。

でもね、力無い人でも、強くなれる取って置きの魔法が有るの。

彼の人に教えて貰った。


「望め。」


望む。

神頼みじゃない。

諦めないんだ。

しがみつくんだ、絶望に連れて行かれないように。


シュッ


ほらね?

来たでしょう。

紙の境界線が、今、破られた。

「だ、誰だ!?」

予想外の第三者の登場に、ヴェルディは目を、耳を疑った。

「戻れ、光矢。」

希望の声は、小さく高い声で言い放った。
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