銀鏡神話‐翡翠の羽根‐
声の方を見ると、焼け野原になった森から一人の女が歩いてきた。

鋼鉄の鎧を身に纏い、赤い狐の仮面を被った、鳥の子色髪を上品に長く伸ばした其の女は、クスッと笑った。

口元しか見えないが、透き通ったミルク色の肌といい、相当な美人に違いない。

「な……なんだ……躰が……いうことをき゛かな」

ヴェルディは苦しいのか、自分の喉元を掴むと、地面に倒れる。

烈しくのたうち回ると、突然ぱったりと動かなくなった。

「大丈夫でしたか?」

女は美紗とキャルナスの方へ歩み寄って来た。

「貴女は……?」

キャルナスが疑いながら女を見た。

女は其の視線に気づいたのか、敵意は無いと示す為に腰にかかっていた弓と矢を下に置いた。

「私は珀月。

十三番目の支配下だ。」

十三番目の……支配下!?

「安心を、白江様。

私は支配下・灯に属してはいますが……
裏切り、と言うと人聞きが悪いですがそんなものです。

裏では支配下・蔭に加担させて頂いてます。」

赤い狐の仮面を取ると、珀月は優美な笑顔をつくった。

彼女の早朝の雲無き空を、そのまま写し取ったかの瞳に映った自分はボロボロで、
童話に出て来るお姫様みたいな珀月に較べると半端なく汚れていた。

美しい彼女と並んでいると余計に此の汚らわしさが目立つから恥ずかしい。

今すぐにでも其処の湖に飛び込み、躰にまとわりついている血や泥を洗い流したかった。

「助けてくれて有難う。

ヴェルディに何をしたの?」

助けて貰って、珀月には本当に感謝したい筈なのに、自分でも解らないが声を荒げてしまった。

「光矢は私の弓で造った魔器人(まきと)です。」

「ま……きと?」

解らない新しい言葉、自然と口からこぼれてしまった。

しまった、また失態を、と美紗は急いで口を塞ぐ。

珀月に対する気持ちは今まで誰にも出した事の無い感情だった。

世間一般ではこういう感情を、嫉妬とでも言うのだろうか?

美紗は無償に珀月だけには侮られたくなかった。
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