恋時雨~恋、ときどき、涙~
わたしはメモ帳を高く突き上げたあと、健ちゃんに手話をした。


〈ありがとう〉


健ちゃんはメモ帳を見て、恥ずかしそうに鼻の頭を人差指でさすった。


「何で、今、見るんだよ。台無しだんけ」


健ちゃんが大きな口で、あははははと笑う。


わたしは、子うさぎたちの正体を知った。


わたし、この笑顔が好きだ。


あっけらかんとして無邪気に笑う、この人が好きだ。


わたしは、健ちゃんに手話で言った。


〈わたし、健ちゃんの笑顔が、好き〉


「は?」


と健ちゃんは首を傾げて、また大きな口で笑った。


「だから、手話、分からねんけ。全然、分からねんけ」


分からなくてもいい。


〈でも、健ちゃんが笑うと、うさぎが飛び跳ねる〉


わたしの手話を見て、健ちゃんが駆け寄ってきた。


「それ、分かる。うさぎだんけな」


当たり。


わたしは微笑みながら頷いた。


健ちゃんの口元で、白い八重歯がこぼれる。


やっぱり、この笑顔が好きだと思った。


たぶん、初めて会った日から、ずっと。





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