恋時雨~恋、ときどき、涙~
どうやら、店員さんがカップを割ってしまったらしい。


ワックスの効いた艶々した床に、白い破片が細かく散っている。


あれ、どんな音がして、割れたのだろう。


割れた破片を片付ける店員さんを見つめていると、亘さんが肩を叩いてきた。


「外、雨すごかった?」


亘さんの唇を読んで、わたしはこっそりがっかりした。


心のどこかで、カップが割れる音を教えてもらえると思っていたからだ。


もし、今、目の前に居るのが亘さんではなくて、健ちゃんだったら。


大きな口と、オーバーリアクションで、その音を教えてくれたのだろう。


わたしは、小さく微笑んで首を振った。


【小雨でした】


そう書いてメモ帳を差し出すと、亘るさんは「そう」と爽やかに微笑んだ。


「でも、天気が悪いのに、ごめんね」


そう言ってから、亘さんはじっとわたしの顔を見つめ始めた。


なんだか、毛穴の奥まで透視されているような気がして、くすぐったい気持ちになった。


わたしは、右手の人差し指を左右に振った。


〈何?〉


あ、と思った。


だから、わたしはその手をすぐに引っ込めた。


亘さんが困った顔で首を傾げたからだ。


< 155 / 1,091 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop