秋霖のビ
とぎれとぎれの視界は、その男を離さずに、滴る水の行方を追っていく。

目に入ってしまいそうな男の前髪からポタリと水玉が落ちるたび、何かが私を傷つけて。

何もない、誰もいないのが『普通』の雨の浜辺に、距離を置いて座る二人はとても奇妙だった。

ありえない、うん、私の中ではありえない事が起きて、ここがありえない世界なら奇妙な私がいて、同じように奇妙な男がいても可笑しくないのかもしれない。

奇妙な私たちは、それから押し寄せる波をずっと眺めていた。

不思議と心は穏やかで、目の前の残った缶ビールはひっそりと、その存在をないものにしていた。

安心って、こんな時に使う言葉かもしれない。

二本目が効いたのか、願いは叶わずとも、私はそろそろ家に帰って、シャワーを浴びられそうだ。

だって、何も思い出さない。

もう、きっと。
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