恋口の切りかた
長屋を飛び出して、すぐさま通りの方へと駆けて行こうとして、

「おい」

後ろから呼び止められ、俺は驚いて振り向いた。

「遊水……?」

留玖と同様その場を去ったかに見えた遊水は、
しかし傘をたたみ長屋の壁に背を預けて軒下に立っていた。

「あんた、俺はてっきり……」

「は。衝撃のあまり立ち去ったとでも思ったってかい」

遊水は面白くなさそうに鼻を鳴らした。

「俺は青臭いガキやおぼこ娘じゃねェんだぜ。どっかの誰かさんみてェに、惚れた女と友人が抱き合ってんの見たからって、すぐさま勘違いして大騒ぎするかい」

「……うぐっ……」

遊水が示しているのは勿論、
以前、天照の惨劇が起きた時に橋の上で、今と全く逆の立場になった俺が留玖と遊水を見て取り乱したことだろう。

「話くらいは聞いてやるさ」

話は聞いてやるが許しはしないと暗に告げられているような気もする言葉だ。

「それで? 追いかけて来たってことは何か弁明でも?」

う!? 怖ェ……!

翠の瞳でじろりと睨みつけられ、俺はいつにない圧力を感じた。
大騒ぎはしなくても、やはり腹に据えかねてはいるようだった。
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