恋口の切りかた
酒盛りでもやっていたか、前を歩く貸元からはぷんと酒の匂いがした。

もっとも、先程見た顔は青白くて、少しも酔っているようには見受けられなかったが。


闇に沈んだ坪庭を横目に見ながら、店の奥へと歩を進め、貸元は座敷庭を望む廊下を渡っていく。

「おい、気をつけろよ」

その背中を追いながら、隼人が俺に小さく囁いた。

「アンタの話を聞いた時のこいつの反応、尋常じゃなかったぞ」

「ああ」

俺も納刀して左手に持った刀の感覚を確かめて頷いた。

どう見積もっても、奥で茶でも飲みながら平和的に話し合うという雰囲気ではない。


廊下の横に並ぶ庭に面した座敷を、いくつか通り過ぎた時だった。


「こやつらをこんな所まで上げてどうするつもりかね?」

真横の座敷から、聞き覚えのある声がした。


先を歩く兵五郎が、弾かれたように振り返って座敷の中を見た。

「こりゃァ──先生、いったい、こんなところで何をなすっておいでで?」

俺と隼人も横の座敷の中を見る。


若い浪人風の男が、行灯の明かりの中に座っていた。

ニヤニヤした笑いを顔面に貼りつかせた、少年のような印象の男である。


「蜃蛟の伝九郎──」

俺の口から、その剣客の名前が漏れ出でた。
< 1,147 / 2,446 >

この作品をシェア

pagetop