恋口の切りかた
「ふふ、驚かれた様子でございますわねえ」

と、今度はその口からあの廃寺で聞いた比丘尼の声が流れ出る。

ころころと鈴を転がすような澄んだ笑い声を立てる男の人を、私はかぱっと口を開けて眺めた。

「でも、でも……私には顔だって別人みたいに見えてたのに……」

今も、こちらに視線を送ってくるこの美青年の顔は、
いつも芝居小屋で見知った人気女形の素顔とも少し違う気がする。

「だって、与一さんは、化粧を落としてももっと女っぽい感じで……」

なよなよした女性らしい繊細さは全く存在していない隻眼の男は、
髪で半分隠したその格好良い顔で、ふっと微笑した。


「人の印象ってのは、話し方、仕草、目つき表情に化粧、話し方や声音でガラリと変わるもの」


霧夜とも与一とも違う、
私がこれまで耳にしたことのない声、
目にしたことのない顔で、
男はそう言った。



「七色、八色の声音を使い分け、眉の動かし方一つに至るまで別人を演じて人を化かす。

それがこの──鈴の森の『狸の与一』の芸ってことサ」



これで全部そろったな、と円士郎が苦笑した。

「目に見えない『狸』は、人を化かして初めから存在してたワケか」

それで? と面白そうに、円士郎は眉を跳ね上げた。

「その姿と声が、本当のあんたのものなのか?」

くくく、と黒い着物の肩を揺らして、侠客はいたずらっぽい表情になった。


「さて、どうかな?」


円士郎が肩をすくめた。

「あんたも食えない奴だな……」

「俺は狸だからねェ」


私はその細められた左の目を見上げて、


彼が女物の着物の着付けに慣れていると語ったことや、

私に山道で歩き方を教えてきたことの意味を、やっと理解したのだった。
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