恋口の切りかた
【円】
目の前の男の背一面に、見事に描かれた真っ赤な彫り物。
「真紅の──鵺?」
誰かが呟いた声が場に響く。
一気にその場がざわめいた。
周囲の渡世人たちには皆、
この片目の散切り頭の男の背に初めから彫り物があったように見えているだろう。
しかし至近距離にいた俺と留玖には、皆に背を向ける直前に、何もなかった背に入れ墨が浮かび上がるところが見えていた。
「なに、今の? 何にもなかったのに突然、入れ墨が……」
留玖が、赤い化け物の絵柄をぽかーんと眺めながら小さくこぼした。
……かわいい。
こんな状況でも俺の頭はそんなことを考えて、
「入れ墨って──白粉彫りだったのかよ」
俺も周囲には聞こえない小さな声でそう口にした。
「オシロイボリ?」
留玖がきょとん、と首を傾げて俺を見上げる。
ヤバい。抱き締めたくなるくらいかわいいぞ……!
「ってなに?」
「特殊な白い染料を使って一日で彫る彫り物だ。だから普段は見えず、何もないように見えるが──」
俺はぼそぼそと説明して、先刻この男が飲み干して投げ捨てていた空の酒瓶を親指でそっと示した。
「興奮したり、酒を飲んだりして血行が良くなると今みたいに浮かび上がる──いわゆる隠し彫りってヤツだ」
どおりで、背中を見ても何もなかったワケだ。
俺はあの廃寺で、尼僧の背を確認した時のことを思い出して舌打ちする。
まさか白粉彫りとは──やられたな。