恋口の切りかた
狒狒の正慶が「鵺の一人」ではないかと語った俺に、奴は惜しいと返してきた。

それは、正慶が複数いる「鵺の一人」なのではなくて、彼こそが様々に姿を変える「鵺の大親分本人」であるという意味だったに違いないと思い、

やはり目の前にいた「男」こそが二代目の鵺なのだろうと思いつつも──


──背に入れ墨がなかった。


この事実のせいで、確信には至れなかったのだが、


まさか、赤い鵺の入れ墨というのが、普段は見えない白粉彫りのことを示していたとは──。


考えてみると、顔や声を変えて完璧に別人を演じても、普段から背に入れ墨があればバレバレである。

しかし逆に考えるならば、頻繁に背中を見られる機会のある人物になりすます場合、白粉彫りは鉄壁の隠れ蓑になり得るのだ。



「霧夜が鵺だと!? 馬鹿な! 奴の背にはこんな入れ墨なんざ無かったぞ!?」

案の定、兵五郎も仰天した様子で声を上げた。


狒狒の正慶だけではなく、虎の霧夜までが与一の化けた姿だったことには俺も驚いたが、
以前、鈴乃森座の前で白輝血の連中と遭遇した際、霧夜の姿がなかったことにもこれで合点が行く。

いくらなんでも同時に二人の人間を演じることは不可能だよな、そりゃ。

兵五郎が「奴は芝居には興味がない」とか言っていたのもそういうワケか。


「それに、顔の傷もねえし、いったい……!?」


混乱するその場の空気の中で、堂々と背をさらしている男の姿に俺は苦笑する。

しっかし、いいのかよ、とか思わなくもなかった。

こんな大勢の前で正体さらしちまって、この後大丈夫なのかァ?


「その男は暗夜霧夜じゃァありやせんぜ」


そんなことを考えていたら、唐突に耳慣れた声が飛び込んできた。

いつの間にそこにいたのか、暗い庭にひっそりと立っていた金髪の操り屋の顔を見て、

「遊水──?」

渡世人たちが困惑気味にその名を口にした。
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