恋口の切りかた
風佳は終始落ち着かない様子で、不安そうに周囲を見回したり、俺の顔色を窺ったりしていた。

許嫁同士だとは言え、供もなしに若い男と二人で外を歩くなど初めてなのだろう。


そう思ってから──

いや、風佳には、そいつのために自害しようとするほど恋い焦がれる思い人がいるんだったな。

そいつとなら二人歩きをしたこともあるのだろうかと、俺はそんなことを考えた。


「そんな格好では嫌です!」と許嫁殿が頑なに拒んだので、

今日の俺はカブいた格好ではなく、道場稽古の時のように髪は一つにまとめただけで、普通の男物の着流し姿である。

「お? 円の旦那、珍しくまともな格好で女連れかい?」

そんな声をかけてきた銀治郎のところの子分たちを適当にかわして、ますます落ち着かない表情になる許嫁殿とぶらぶらと町を歩き回り──

一向に話とやらを切り出す気配がないので訝っていたら、

「どこか、休憩のできる場所はありませんか」

風佳はそんなことを言ってきて、成る程と思った。

どこかで腰を据えてしたい類の話か……。


かと言って、風佳を連れて居店に入るわけにもゆかないし……

昼日中、女連れで料理茶屋などに入っても、周囲から誤解されるだろう。

いつも遊び慣れている俺は誤解など今さらではあるのだが、この生真面目そうなお嬢さんと一緒にそういう誤解を受けるというのは避けたいという思いが働いた。


「風佳殿は甘味の類は?」

そう尋ねると、「嫌いではございませぬ」という堅苦しい返答に続いて、

「風佳殿などと改まってお呼びにならなくても結構でございます。
どうぞ常日頃の町人の如き言葉遣いにて、風佳とお呼び下さい」

などという言葉が返ってきて、

俺は苦笑いしながら、よく行く甘味屋の三舟屋に風佳を連れて行った。

三舟屋の店先には縁台が並べて置かれ、
客はその場で出された茶と一緒に、団子や菓子を楽しんで一息入れることができる。


「ここでは他人の話に聞き耳を立てる奴もいねえから、安心して話をしていいぜ」

きょろきょろと不安げな顔で、せわしなく周囲の他の客を見回す風佳に俺はそう言った。
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