恋口の切りかた
「はあ?」
俺はわけがわからずに、しまりなく口を開けて、
「しっかし、手間をかけてると言やァ……あのカラクリ鬼之介さんも、いつになったらこの目玉を完成させてくれるのかねェ。
こうして隠して、一座には怪我だって伝えて治るまで暇をもらってるけど……完治はまだかと座元からもしつこく訊かれてんだ」
眼帯で隠した右目を示して、隻眼の美青年は困ったように笑った。
焼死事件の中で壊れた与一の精巧なからくりの義眼は、鬼之介が作り直してやると言って部品を持ち帰ったままである。
「さァな。あれから俺たちにもほとんど顔を見せずに長屋にこもってやがるようだから、そのうち完成するとは思うがな」
俺はそう言って、
「おっと、与一に円士郎様じゃあねえかい」
人混みの向こうからかかった声に振り返ると、金髪の青年とその奥方が、揃って町人姿で歩いてくるところだった。
くそ、あいつら今日もお忍びで町を二人歩きかよ。
青文と亜鳥は祝言以来頻繁に、こうして遊水と佐野鳥英に扮した姿で町をうろうろしているようで、俺は羨ましくて仕方がなかった。
伊羽家の屋敷はもともと殿様の邸宅だったところを、何代か前の当主が屋敷として賜ったらしく、外部と屋敷の内部とを繋ぐ緊急脱出用の秘密の経路がある。
青文の話だと、
屋敷内の井戸が、あの「ススキ野の涸れ井戸」に地下通路で通じているらしく──
──つまり遊水として町をうろついていた時、彼はいつもそこを通って屋敷の外に出てきていたわけである。
涸れ井戸の通路が見つからぬように、遊水はあのススキ野から人を遠ざけるため、ご丁寧にも自分が作った怪談まで七不思議の一つとして流していた。
留玖が不思議がっていたが──祝言の前日に亜鳥が襲われた時、あんな夕刻にも関わらず金魚売りがあの場所を通りかかったのは、まさにこれから伊羽家の屋敷へと戻る途中だったからなのだ。
輿入れしてからは、亜鳥も一緒になってこの井戸の地下通路を使って屋敷から抜け出しているらしい。
ちくしょう、実に楽しそうだぞ……!
「ちょうど良かったぜ、与一。ちょいと頼みたいことがあったんだ」
近くまで歩いてきて、金髪の城代家老はそう言ってにやついた。
俺はわけがわからずに、しまりなく口を開けて、
「しっかし、手間をかけてると言やァ……あのカラクリ鬼之介さんも、いつになったらこの目玉を完成させてくれるのかねェ。
こうして隠して、一座には怪我だって伝えて治るまで暇をもらってるけど……完治はまだかと座元からもしつこく訊かれてんだ」
眼帯で隠した右目を示して、隻眼の美青年は困ったように笑った。
焼死事件の中で壊れた与一の精巧なからくりの義眼は、鬼之介が作り直してやると言って部品を持ち帰ったままである。
「さァな。あれから俺たちにもほとんど顔を見せずに長屋にこもってやがるようだから、そのうち完成するとは思うがな」
俺はそう言って、
「おっと、与一に円士郎様じゃあねえかい」
人混みの向こうからかかった声に振り返ると、金髪の青年とその奥方が、揃って町人姿で歩いてくるところだった。
くそ、あいつら今日もお忍びで町を二人歩きかよ。
青文と亜鳥は祝言以来頻繁に、こうして遊水と佐野鳥英に扮した姿で町をうろうろしているようで、俺は羨ましくて仕方がなかった。
伊羽家の屋敷はもともと殿様の邸宅だったところを、何代か前の当主が屋敷として賜ったらしく、外部と屋敷の内部とを繋ぐ緊急脱出用の秘密の経路がある。
青文の話だと、
屋敷内の井戸が、あの「ススキ野の涸れ井戸」に地下通路で通じているらしく──
──つまり遊水として町をうろついていた時、彼はいつもそこを通って屋敷の外に出てきていたわけである。
涸れ井戸の通路が見つからぬように、遊水はあのススキ野から人を遠ざけるため、ご丁寧にも自分が作った怪談まで七不思議の一つとして流していた。
留玖が不思議がっていたが──祝言の前日に亜鳥が襲われた時、あんな夕刻にも関わらず金魚売りがあの場所を通りかかったのは、まさにこれから伊羽家の屋敷へと戻る途中だったからなのだ。
輿入れしてからは、亜鳥も一緒になってこの井戸の地下通路を使って屋敷から抜け出しているらしい。
ちくしょう、実に楽しそうだぞ……!
「ちょうど良かったぜ、与一。ちょいと頼みたいことがあったんだ」
近くまで歩いてきて、金髪の城代家老はそう言ってにやついた。