恋口の切りかた
「へえ、仙太……っと遊水さんがこの俺にかい? そいつは珍しいね」

嫌そうな顔になる与一を眺めて、ククク……と青文は喉を震わせて笑った。

「おい、こら。忘れるなよ、二代目。てめえにゃこの俺にも、鵺を継いだ時に借りがあるだろうが」

町人姿の御家老はどう見ても極道者としか思えないドスの効いた声音で言って、

「げえ、そうだったよ」とうめいて、与一がますます嫌そうな顔になった。

「なに、狸の与一になら造作もねえ頼み事さ」

「ほう? 頼みってのは鵺じゃなくて狸としての俺にかい。何かに化けて見せろとでも言うつもりかね?」

「まあ、そんなところだ」

青文は何かを企んでいる顔で含み笑いをしながらそんな言葉を放った。

「円士郎殿、いいのか?」

そんな得体の知れない旦那様を横目で見ながら、亜鳥が通りの向こうを指さして俺にそう言ってきたのはこの時だった。

「あの娘、円士郎殿の許嫁の風佳殿だろう?」

この言葉で、
俺はようやく、三舟屋の前で待たせたまま放りっぱなしにしていた許嫁殿のことを思い出した。


彼女を放置したままここで立ち話をするのもどうかと思ったし、
与一が、可愛い子じゃないか紹介しろとうるさく言って、

俺は「あいつにも他に思い人がいるんだからな。手ェ出そうとか考えるなよ」と釘を刺してから、ぞろぞろと与一たちを引き連れて甘味屋の前に戻った。


「よォ、悪かったな。待たせた」

俺が声をかけると、所在なさげに縁台に腰掛けていた許嫁殿の肩がまたびくっと震えて、


おいおい、そんなに俺って怖がられてんのかよ……。


俺は内心溜息を吐いた。


「金魚屋さんと……絵師さん……?」


見知った遊水と、肝試しの時に顔を合わせている鳥英とを見上げて小さく呟く風佳の顔は、心持ち青ざめているように見える。

「そう言えば、こちらの美人もどなただい? あたしはまだ紹介されてないね」

再び風佳の隣に腰を下ろして冷めかけた茶をすする俺の前で、人気女形は亜鳥に色目を使ってそう言って、

くすりと亜鳥が笑いを漏らし、「油断ならねェな」と青文が肩をすくめた。
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