恋口の切りかた
【円】
季節は秋を過ぎ、冬になろうとしていたが
屋敷から消えたおひさという女中は未だに見つからなかった。
その娘がどうやって毒芹の毒などを手に入れ、どういうつもりで風佳に俺を毒殺するよう唆したのか──。
宗助の話では、あまりに手際よく屋敷から姿を眩ませ、未だに見つかっていないという事実こそが一番気になるとのことだった。
一方、
伊羽青文を襲った者に関しては神崎帯刀が調べを続けていたが、青文の言ったとおり「行逢神の平八」一派だろうということで、
そして逃げた島帰りの鎖鎌の男についても、帯刀はそれらしき者がいると言ってきた。
結局盗賊改め方の役宅に決まった帯刀の屋敷を訪れた俺に、
「鎖鎌の兵衛だ」
と元町方与力は告げた。
「鎖鎌の兵衛?」
「そうだ。十年以上も前、上方のほうで捕まって島に送られている」
眉をひそめる俺に帯刀はそう説明して、
「こいつは盗賊一味ではなく──殺しを生業にする無宿者(*)だ」
と言った。
「殺しを生業って……そんな奴がとっ捕まって、なんで死罪にならずに島に送られる程度で済んでるんだ?」
「殺しの証拠がなかったらしいな。
捕まった時の罪状は殺しではなく窃盗罪だ。鎖鎌の兵衛がそんな罪で捕まるとはと、当時も意外がられたらしいが……」
俺は乾いた声で笑った。
緋鮒の仙太が罪を押しつけて島流しにしたってことか──。
「鎖鎌の腕は相当なものだと聞くが、いずれにせよ下賤な輩に違いはない。
どうして闇鴉とつるんで一国の家老を狙ったのかは謎だな」
青文の過去を知らない帯刀は首を捻った。
これで大体の事情がつかめた俺は、
鎖鎌の男の正体をちゃんと突き止めた帯刀の優秀さに、この男の捜査能力を少し見直しながら役宅を後にして──
そして吹く風に身を切るような冷たさが混じり始めたこの日、帰り道でその男に会った。
(*無宿者:むしゅくもの。人別帳=戸籍から名前を抹消され、定住地を持たない人間)