恋口の切りかた
切っ先が見開かれた眼球に触れる寸前で、ぴたりと刀を止める。


「ひ……ひい……」

盗賊が恐怖に震える声を出して凍りついた。


「おとなしく捕まりなさい!」

私は泣きそうになりながら叫んだ。

「向かってくるなら、斬ります!」


今の私にできるのは、これが精一杯だった。


突きつけた切っ先を凝視する瞳から完全に戦意が喪失するのを見てとって、ゆっくり刀を引く。

盗賊が再びへなへなとその場に崩れ落ちるのを視界の端で確認して、


「あら、殺さないの?」

そう言って冷ややかに笑う少女へと、私は向き直った。


血の海に倒れ伏した盗賊たちと、座り込んだ盗賊とを眺めて、ふん、とおひさは鼻を鳴らした。

「使えない奴ら」

細い手が懐に入って、短刀を取り出し鞘から抜いた。


雨に打たれる前から、その刀身は濡れたようにぬらっと無気味な光沢を放っていた。


「毒塗りの刃よ。烏頭(うず*)の毒」


私の視線に気づいたようにおひさはそう説明して、紅の引かれた唇を吊り上げた。

「情けないそいつらの代わりに、あたしがあんたを殺してあげる」

赤い舌が生き物のように動いて、ぺろっと唇をなめた。


「あたしのおとっつぁんを殺しておいて、まさか抵抗しないわよねえ?」



(*烏頭:トリカブトのこと。ここでは植物最強といわれる有毒植物であり、矢毒にも用いられたヤマトリカブト)
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