恋口の切りかた
私は、ときどき父上が
りつ様を変わった名で呼ぶことを思い出した。

「『有明』──というのは、吉原でのお名前なのですか?」


私の問いにりつ様は、「その一つじゃ」とうなずいた。


「最初は『そめい』、それから『お香』、新造(*)になってから先は『玉垣(たまがき)』──」


えっ……?

私はまた驚いた。
吉原という所は、そんなにたくさん名前を使うのだろうか。


「『有明』は晴蔵様と出会った時の名──わっちが松の位となってからの名じゃ」

「松の位……?」

松の位というのは遊女の中で最上の格のことで
この女郎を「花魁」と呼ぶ(*)のだそうだ。


りつ様はその美貌と、武家の出の気の強さで店一番の女郎に上りつめ──



そして、殿様の参勤交代のお供で江戸に滞在していた結城晴蔵と出会ったのだという。



既に結城家当主となっていた父上は、
家老と同格以上の身分であり

店の筆頭の花魁であったりつ様がお相手をすることになったのだとか。




(*新造:まだ客とHをしてない見習いの女郎)

(*「花魁」と呼ぶ:最上の遊女、つまり太夫のことを、吉原では「花魁=おいらん」と呼称するのがメジャー)
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