恋口の切りかた
 【円】

番頭に着任した日、
登城した俺を案内して役目の説明やら何やらをしてくれたのは同じ番頭の高津図書という男だった。

親父殿よりも十は上だろうか。

図書は四十代半ばほどの齢だそうだが、
ひょろっとした体躯で、綺麗に剃った髭のないつるりとした顔が四、五歳は若く見える。


「やや円士郎様、この度は番頭への就任、おめでとうござりまする」


町奉行も兼任しているオッサンは、新参の若造の俺にヘコヘコと頭を下げて、俺は少し気の毒になった。

まあ確かに、
上級武士とは言え、高津家と結城家では家の格が違いすぎるが。

「どうか私のような若輩にあまり気を遣われませぬよう」

とか言ってやると、

「やや、世間の噂と違って円士郎様はできた御方。
さすがは先法家の御嫡男、さすがはあの晴蔵様のお子!」

図書はますます頭を低くした。

「先法家の嫡男が番頭に就くのはただの慣例のようなもの、実力で町奉行にまで抜擢された高津殿がこうまで頭を下げることもないでしょう」

「やや、何を申されますか。番頭は武芸に秀でた者が抜擢される番方の名誉職でもありますぞ。
結城家は代々続く武芸の家なれど、円士郎様は中でもその若さで飛び抜けた剣の才をお持ちとお聞きしております」

俺は内心苦笑する。
聞いてんのは、その腕に物を言わせて暴れ回ってるって噂のほうだろうが。

まあ、この図書の姿勢が格別へつらっているってワケでもなくて、俺が城中で出会った連中は皆似たような腰の低さだった。


親父殿よりも遙かに歳を食った連中がことごとく頭を下げるのを見て、

成る程、親父殿が殿様に言われても幼い俺を決して城中に連れて行こうとしなかった理由がわかった。

悪たれ坊主の頃からこんな扱いを受けて育ったら、完全に天狗になっていただろう。


しかしこいつら、ヘラヘラ愛想笑いを浮かべやがって、
本音では、こんなガキにへつらうなど忌々しく思っているだろうに……。


いつか覆面家老に言われた、「狐狸の蠢く魔窟」という言葉が蘇る。

は、面白ェ……!
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