恋口の切りかた
「やや、えええ円士郎様……!?」


廊下の真ん中に立ったまま家老たちを睨む俺を見て、

図書のオッサンが「やや、よもや」と慌てふためいた声を出し、



俺は、



大人しく廊下を降りて、庭から連中に頭を下げた。



「これはこれは結城の」

菊田水右衛門は、どこか退廃の色を宿した気怠い双眸でトロリと俺を見た。

「ご立派になられて。番頭に就かれたと聞いたが」

五十にさしかかろうかという齢の男の瞳は、
こちらに向けられていてもどこも見ていないような漆黒の穴のようで、

「ああ、これこれ。円士郎殿はそのような所で頭など下げずともよいのに」

穏やかに笑んではいてもどこか胡散臭い。

髭を剃った面差しは整っていて、
若い頃はさぞかし美男子だったのだろうと想像できる。


「は。いえ、私は役目に就いたばかりの未だ家督も継いでおらぬ若輩者。

国のため、お役を立派に果たしていらっしゃる方々に
頭を下げるは、当然にございます。

どうか皆々様には、よろしく御指南戴きたく」


俺が頭を下げたままそう言ってやると、


「ほっほう、立派なお心がけじゃ。
噂に聞いておった話とは随分と違いますな」

菊田の前にいた仕置家老が声を上げた。
俺のどんな噂を聞いていたのかは──言わずもがな、だが。

「物怖じせぬお振る舞い、皆様方、堂々たる若武者ぶりではありませんか」

好々爺といった感じの老人は
取り巻き連中に向かってそう言い、カカと笑った。


「うむ、ようくお勤めなされよ」

藤岡家老がそんな有り難い言葉を俺に寄越して、

そのまま廊下を過ぎて行こうとした時──





甲高い声がした。
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