恋口の切りかた
「いくら円士郎様の頼みと言っても、さすがにねえ」

「わからねーか」

「ま、無茶をおっしゃいますな、ってところだね」


与一はそれからふふっと、シナを作って笑って、


「──と普通なら言うんだけれど」


初めて男っぽい、勝ち気な色を瞳に宿した。


「他ならぬ円士郎様の頼み。
いつも芸を見てもらってる恩、こんな時に報いることもできぬとあっちゃァ、この鈴乃森与一の名がすたる」


与一は芝居がかった調子で、格好良くそう言った。


「十年前の道具だね。そういうことなら、任せな」

「お。さすが、粋な返事だねェ」

円士郎もニヤリとした。

「鈴乃森座一の人気役者は、義理人情ってモンもわかってンじゃねーか」

「ふ。当たり前さ」


与一はすっくと立ち上がると、近くにいた他の役者に、「囃子方の蚕糸さんはもう引けちまったかい?」と聞いた。

「蚕糸さんなら、また黒簾(くろみす)で明日の舞台の一人稽古をしてましたよ」

若い役者は与一に話しかけられて、ややかしこまった様子でそう答えた。


「サンシ?」


円士郎が首を傾げた。

ああ、と与一は頷いて、

「蚕糸さんはあんまり楽屋には寄りつかないお人だから、円士郎様とは話したことがなかったかね。
ホラ。あの、盲人の三味線弾きの」

女形はニッと完璧な形の口の端を吊り上げて、強気な笑みを見せた。


「彼なら、十年前のことも覚えてるかもしれないよ」
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