恋口の切りかた
「ああ、ごめんなさい。大丈夫ですか? まさか『偶然』そっちに飛んでくなんて──当たらなくて良かったです」

留玖が俺のそばに戻って来ながら蚕糸に謝って、

「ふふふ、私も『偶然』手を出したらそこに飛んできたようです。
そちらこそ足下にはお気をつけて。『何もないところで』転ばないように」

蚕糸は笑顔でそう言って、手にした煙管をことりと置いた。


その両目は終始、硬く閉じられたままだった。



おいおい。

俺は目をすがめる。
マジかよ……。



「それじゃあ、私たちはこれで」

留玖もにこにこ微笑んだままそう言って、俺の袖を引っ張って鬼之介と与一の後を追い──


「あの人、宗助と同じだ」


少女は俺に、ぽそっとそんなことを囁いた。

「なに!?」

「あの人はね、最初からずっと、体の向きを変える時──『衣擦れの音』が一度もしなかった」

「……それで、試したのか」

「うん。そしたら煙管を受け止めるだけじゃなくて、私の足下まで完全に把握してた。
耳が良いとかそういう次元じゃないよ。
江戸の偉い音楽師さんって、みんなああいうものなのかな?」

「んー? まあそうなんじゃねーのか」


ンなワケがあってたまるか。

しかも江戸云々は方便らしいし。

いったい何者だ?
またも得体の知れない奴が浮上してきやがった。


留玖と並んで歩きながら、俺は苦笑する。

「しかし留玖、お前もしれっとあんな真似を──。やるじゃねェか」

「えへへ、まあね」

留玖は嬉しそうに、きらきらした笑顔で俺を見上げた。


か……カワイイぞ。
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