恋口の切りかた
今夜は新月でただでさえ暗いのだけれど、窓のない奥の部屋の中は本当に真っ暗で、部屋の真ん中に置かれた行灯の光だけが唯一の明かりだった。
しかも行灯には青い紙が貼られていて、集まった面々の顔を青白い光が照らしている様は何とも不気味で──
恐る恐る部屋の中を見回した私は凍りついた。
部屋の四方の襖には、
皮をはがれたり
内臓をむき出しにしたり
骨だけになったりした
物凄い有様の人間を描いた掛け軸が何枚もかけられていたのだ。
な、な、何でこんな気味の悪い絵が──
ってこんなの描く人は一人しかいないけれど。
「へえ、こいつは『九相図(*)』か?」
円士郎が面白そうに言って、「違う!」と物凄く不機嫌そうに鳥英が否定した。
「これは腑分けに立ち会わせてもらう代わりにということで、私が虹庵先生に頼まれて学問のために描いた、人の体の中身だ。
皮をはいで、筋を除いて、順に中を覗いてゆくとどのようになっているのか、我々の体の不思議と命の神秘を描いた生命の賛美溢れる図なのだよ!
死体が腐り朽ち果てていく様を描いた図などと一緒にしないでくれたまえ!」
なにやら譲れないこだわりがある様子で、鳥英はさも心外そうに吐き捨てた。
「まったく、遊水がこれは使えるなどと言うから持ってきたら……」
「ふうん? でも似てて面白ェよな。
人は死んで腐っても、外から剥いていっても最後に残るのは骨か。
はは、それなら九相図の代わりってことで。怪談にぴったりでいいじゃねェか」
描いた鳥英によるとどうやら高尚な図のようだけれど、円士郎はそんな風に軽薄な言葉で片づけた。
「うう、今ぶちキレそうだぞ私」
鳥英が隣に座っている遊水に恨めしそうな目を向け、
「まあまあ、少なくとも俺はこいつがどういう絵かちゃんと理解してるから、そう怒るなって」
遊水がおかしそうな顔で彼女をなだめた。
(*九相図:帷子辻に投棄された檀林皇后や小野小町など美女の死体が腐っていく様を、時間を追って九つの絵で描いたもの)
しかも行灯には青い紙が貼られていて、集まった面々の顔を青白い光が照らしている様は何とも不気味で──
恐る恐る部屋の中を見回した私は凍りついた。
部屋の四方の襖には、
皮をはがれたり
内臓をむき出しにしたり
骨だけになったりした
物凄い有様の人間を描いた掛け軸が何枚もかけられていたのだ。
な、な、何でこんな気味の悪い絵が──
ってこんなの描く人は一人しかいないけれど。
「へえ、こいつは『九相図(*)』か?」
円士郎が面白そうに言って、「違う!」と物凄く不機嫌そうに鳥英が否定した。
「これは腑分けに立ち会わせてもらう代わりにということで、私が虹庵先生に頼まれて学問のために描いた、人の体の中身だ。
皮をはいで、筋を除いて、順に中を覗いてゆくとどのようになっているのか、我々の体の不思議と命の神秘を描いた生命の賛美溢れる図なのだよ!
死体が腐り朽ち果てていく様を描いた図などと一緒にしないでくれたまえ!」
なにやら譲れないこだわりがある様子で、鳥英はさも心外そうに吐き捨てた。
「まったく、遊水がこれは使えるなどと言うから持ってきたら……」
「ふうん? でも似てて面白ェよな。
人は死んで腐っても、外から剥いていっても最後に残るのは骨か。
はは、それなら九相図の代わりってことで。怪談にぴったりでいいじゃねェか」
描いた鳥英によるとどうやら高尚な図のようだけれど、円士郎はそんな風に軽薄な言葉で片づけた。
「うう、今ぶちキレそうだぞ私」
鳥英が隣に座っている遊水に恨めしそうな目を向け、
「まあまあ、少なくとも俺はこいつがどういう絵かちゃんと理解してるから、そう怒るなって」
遊水がおかしそうな顔で彼女をなだめた。
(*九相図:帷子辻に投棄された檀林皇后や小野小町など美女の死体が腐っていく様を、時間を追って九つの絵で描いたもの)