キョムソーヤの茶番世界
第4章
いま俺は蝉として死んだのがわかる。
なぜなら、路上に転がった亡骸を自分で見ているからだ。

不思議なのは肉体が死しでいるのに自分と意識は依然として覚醒している状態であったことだ。

一応、言っておくが死んだ蝉の亡骸から俺が自由を得ることにはならなかった。
どこかで蝉の亡骸とつながっているように俺の意識がこの亡骸から離れることはできなかったからだ。

俺は視野の許すかぎりの状況と自分の意識がさっきまで充満していた蝉の亡骸しか眺めることができなかった。

俺は夕暮れに焦がれた雨上がりの空をみて泣いた。
ほっかりと寂寞感を感じていた。
涙が流れることはなかった。

そもそも顔面なんてものもないのっぺりとした俺だ。
涙が流れるはずがなかった。
ただボー、ボーと寂寞がなるだけ、泣きたいけれど涙がなく、俺はこんな心がねじれるような苦しさを味わうのだから自分は死んだんだと了解した。

俺はそれから無気力に横たわり目に入るものをただ見つめていた。

雄のゴキブリが雌のゴキブリの尻を追い掛けていた。
そのゴキブリは執拗に追い掛け、雌のゴキブリが振り払おうともしっかり尻をめがけて追い掛ける。

しばらく、それを見ていたが次第に浅ましく思い、俺は視線を向き直って死んでいるように虚ろにひとりいた。

ときどき若い女子社員が俺のうえを跨いでいく。
俺であった蝉の亡骸に驚いて足をあげた。

俺からは女のパンツが丸見えであった。

しかし俺にはどうしょうもなく女のパンツを喜ぶような欲情もなかった。
それよりも別の女が俺のほうを向いて、

「蝉の死骸よ、死骸。ほらあそこにもある。いやね。」と悲鳴をあげた。

俺はその女の顔をのぞきみた。
いい女だった。顔もスタイルもいい。
夏らしいノースリーブのワンピースを着て女特有の肉感があった。

そんな女に死骸と呼ばれて、俺は最後の人間の尊厳が消えてしまうのを感じていた。
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