キミは聞こえる
 濁流のように、凄まじい勢いで言の葉が流れ込んでくる。


 ちくしょう。
 なんでうまくいかねぇんだよっ。
 ああくそっ。またかよ。

 ええい、もっかいだッ―――。


 地団駄まで聞こえてきそうなほど、悔しさと苛立ちの滲んだ苦々しい声が泉の頭で渦を巻く。

 それらはすべて、桐野のものだった。

 泉はわかった。

 これは、この場に留められた桐野の執念とも言うべき烈しい想い―――情熱だ。

 彼の日々の努力をこの石柱が受け止め、蓄積してきた奇跡の産物である。

 古くから、石には不思議な力が宿ると言われている。

 人々の記憶を閉じこめることがそれならば、私はいま、桐野の汗と涙の努力の日々を全身で感じていることになる。

 目を閉じ、耳を塞いで、体中を吹き流れる爽風に身を任せ、声に集中する。

 すると、色鮮やかに浮かんでくる、桐野の一所懸命な横顔。

 びしょびしょに濡れた髪、練習着。白く煙る吐息、かじかむ手を合わせる仕草、

 それでも歯を食いしばって何度も何度もゴールに立ち向かう鋭い眼差し。

 橋は、いつも見てきたのだ。

 見守り、彼の頑張りをこの地に集め置いていてくれた。
 彼のありのままの姿を、喜びも、苦しみもなにもかもを、柱は見つめ続けていた。


 まるで、神秘的な遺跡の中心にいて、古人たちの当時の肉声に触れているような気分だった。


≪気ぃ、悪くさせちったかな……どこの子だったんだろ≫


 あっ、と泉は唇をほころばせる。

 これはきっと春休みの一コマだ。ちょっと困った顔で視線を道路に向けている。

 それからもしばらく桐野の勇姿は続き、やがて見えた記憶の欠片に胸が大きく高鳴った。

 袖で汗を拭った桐野が二の腕からふたたび顔を現すと、そこにはなんとも精悍な美丈夫があった。

 引き結ばれた唇からは漲る力を感じ、圧倒された。


 ここはさしずめ、桐野の成長を収め続けた記憶の宝庫―――否、聖地とでも言おうか。
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