キミは聞こえる
「どうした、代谷?」

 不意に手首を掴まれ、はっと我に返る。

 反射的にまぶたを上げると、すぐそこには記憶の彼と同じ、心配そうな様子の桐野がいた。

「悪い、ちょっとイジワルな言い方しちったな。気にしたか?」
「は? ―――あ、ああ…ううん、別に」
「急に無口になったから、焦ったじゃん。ごめんな」
「気にしてない。ただ、すこしぼーっとしただけ。――テストの準備は、ほとんど出来てる。理事長の面子を汚すような真似はしない」
「そっか。さすがだな」

 膝を折り、泉は足元のボールを拾い上げる。
 それを桐野に差し出して、泉はふと思いついたあることを言ってみた。

「私とサッカーしよ」

 押しつけられるままボールを両手で挟んだ桐野は意外そうな目で泉を見下ろした。

「その靴でか?」
「私がキーパーになる。って言っても、飛んだり蹴ったりは出来ないから、桐野君のゴール場所を予測して指さす」
「俺がいかにわかりやすいかを見定めようってか」
「私、ドリブルできないから」
「……は?」
「動かずに練習台になるにはこうするしかないということである」

 リュックから警棒を取り出して、長さを調節した後、桐野の元へ戻る。

「であるって……。別に、頼んでねぇんだから無理しなくてもいいぞ」
「体育の授業だけじゃあどうにも運動不足らしい。だからちょうどいい」

 腕の筋を伸ばしながら言うと、「動かないんだったら意味ねーだろ」と桐野に真っ当な突っ込みをされた。

「……ヒールを履いてるだけでもふくらはぎにはいい刺激なの」
「そう。んじゃ、動くなよ。変なことしてこの間みたくなったら代谷の家の人に顔向け出来ねぇから」
「天に誓って一ミリも動かないから、心配しないで」

 すると桐野はちょっと吹き出して、「そんなキーパーいねぇよ」と言った。
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