神様のイタズラ
 もう、本当にうんざりだ。
 巧を家まで送り届け、二人だけになった車内は険悪なムード。
 「お前、なんで機嫌悪いわけ。」
 「あたしは運転手じゃない。」
 逆らったら面倒なのは分かってるのに、つい本音を言ってしまった。
 「巧はお前の友達でもあるだろ。」
 「あたしは今まで仕事してたんだよ。ポスティングまでして来て、疲れてるの。」
 「電車なくなっちゃったんだもん、仕方ないだろうが。」
 タクシーで帰れよ、と思うけどやめておく。
 言えばそのあとの会話がどうなっていくか、分かってるから。
 『金がない。』『飲むお金はあるじゃない。』『タクシー代なんて無駄使いだ。飲み代とは違う。』『じゃぁ電車があるうちに帰ればいいでしょう。』『車持ってるんだから、送ってくれればいいだろ。』

 免許を持っていない柊司と、これまで何度も繰り返してきた口論だ。

 最上柊司、25歳で同い年。
 高校3年から付き合って来た、あたしの彼氏。
 泣き虫なのに高圧的で、勉強が大好きなフリーターだ。
 長く付き合ううちに、喧嘩をすると手を上げることも増えて来た。胸倉を掴まれるくらいは、もう慣れっこ。
 ここ1年は会う度に喧嘩になる。
 唯一仲良くいられるのは居酒屋でだけ。そして今の柊司が愛おしく思えるのは、美味しそうにモノを食べる姿だけだ。
 柊司は絶対に米粒を茶碗にくっつけたままにしない。米粒ひとつひとつに神様がいるんだ、いつもそう言って大事そうに食べる。
 肉でも魚でもなんでも食べる。「うめぇ」顔をくしゃくしゃにしたり、目を見開いたり、見ているあたしまで幸せになるくらい、美味しそうに食べる。

 この人とは結婚はできない。
 ずっと前からそう思ってるのに別れる決心がつかないのは、別れ話を切り出して殴られるのが怖いから。
 あたしは自分にそう言い聞かせてる。
 でも違う。
 本当は一人になるのが寂しいだけなんだ。
 そして、居酒屋で見せるあの顔を、もう少しだけ見ていたいから。
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