幾千の夜を越え
神野家の前で上がってもいない
息を整える様はこの先が地獄に
続いているとでも言っている様な

事実…
呼吸が苦しくなる程の圧迫感と
痛い程の鼓動の波が吐き気を
引き連れ襲いかかる。

どのくらいの間佇んでいるのか
額にうっすらと汗が滲んでいる。

今にも引き返そうとする足を
必死に奮い起たせ。

扉に手をかける。

力を入れた訳でもなく開かれた
扉からおじさんが顔を覗かせた。

「いらっしゃい」

待ち構えていたのか
おじさんは招き入れると直ぐに
アレを取り出した。

「此はね慎輔君…
君が記した物ではないんだよ」

表紙を捲り最初の小難しい文語を支えもせずに読み説く。

「この時君はまだ二つ…。
君なら或いは記せたのだろうが、此を預かっていたのは住職だよ」

掌で撫でる様に慈しむ姿からある想像が頭を過る。

「おじさんが書いた物なのか?」

左近でさえも知らない事実を
此は記してある。

何度となく聞いた
【右近にのみ伝承され】た事実が俺が書いた物だと思わせていた。

「右近様がご存知の事実は
住職も与り知る事実なんだよ」

確かに俺が書いた物ではないなら曖昧な点が多過ぎるのも
余りにもお粗末な結末にも
合点がいった。

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