金魚玉の壊しかた
彼はいつものように勝手に私の長屋に入ってきて、差してきた赤い番傘を戸口に立てかけて──

私は夢でも見ているのだろうかと思った。

「円士郎……殿……?」

雨音を聞きながらぼう然と彼を見つめて呟いたら、

「うお!? 鳥英? 脅かすなよ」

円士郎のまるでいつもと変わらぬ声が返ってきた。

「なんだよ……いるなら返事くらいしてくれよ」

長屋の外から声をかけられていたのだろうか。
まったく気がつかなかった。

目の前に現れたのは本当にいつもどおりの円士郎で、

彼の纏う空気が陰鬱な長屋の中に広がり、私は彼の声を何年かぶりに耳にしたような懐かしさを覚えて、

それが無性に切なくて、また視界が滲んだ。


普段と同様、勝手に上がり込んできた円士郎が、ふいに私のそばで立ち止まった。

雨の日。
薄暗い長屋の中とは言え、さすがに私が泣いていることに気がついたようだった。


彼の纏ってきた空気と私の空気が溶けて交わるのがわかった。


「鳥英……どうした?」

若いくせに遊び慣れして、少し擦れたところのある──しかし男っぽい低音で、円士郎はすぐさま私を気遣う言葉を口にしてくれる。

ああ、私はこの声が聞きたかったのだな、と思った。

「おい、何かあったのか……!?」

粗野で乱暴なくせに、芯の部分に優しさが存在している。
この男の声が聞きたくて、この男に会いたかったのだ。
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