成長する


どこへ向かっているのか、具体的にはわからない。が、進む方向は市の西区だったし、自分は、西区に行こうとしていることはわかった。西区に行って、なにを、どうする、どうしたいという意志は、ほぼなかった。

ただ、これから琴美のためになにをするにしても、消えた美幸の消息を追うにしても、西区に行かなければならない気がした。西区に、すべてがある。そんな気がする。

しかし自分は、あの事件が起きてからただの一度も、西区へは行っていない。それが少し、不思議に思えた。事件が起こる前は自分も、奈美や琴美と頻繁に西区へ行っていたのに。いつからだろう、西区へ、足を運ばなくなったのは。

通勤通学ラッシュを過ぎて、西区はにぎわっていた。もとより、西区は大木市においてのメインストリート。天を貫くようにそびえ立つ尖った塔、大木ホーンタワーを始め、観光客を呼び集める施設が多くある。市の公共交通機関の軸は西区に集中しており、大木駅を筆頭に、バスや、にしくら線という西区繁華街から旧繁華街を直結させるモノレールまである。

朝も昼も夜も、無論、深夜明朝に限らず、ここ西区だけは決して、人の息が絶えることはない。必ずだれかがだれかに目撃される土地なのだ。

つまり、犯人にとって人を襲うにはこの上なく不便なはずだが……逆を言えば、必ず獲物がいる場所とも言える。

長所と短所が、同居してるのだ。

しかし、人間は、自分の興味が向かなければ、動かない。たとえ悲鳴を聞きつけたとしても、やれ正義感や使命感に衝き動かされ、人助けに奔走する人間など、砂漠の砂に混じった砂金ほど稀有である。

だから、西区で殺人が連続しているというのにいまだ、事件が終わらないのだ。

「――ひとりなのか? お前」

と、それは、横断歩道で信号を待っている時だった。

突然、見知らぬ男性に話しかけられた。
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