白き砦〈レイオノレー〉
1 祝賀の宴
 一六三八年九月二日。

 この日フランスは、待ちに待った世継ぎの王太子を授かった。

 フランス国王ルイ十三世のもとへ、スペインの王女アンヌ・ドートリッシュが嫁いできてから、実に二十三年目の快挙であった。



 パリを南北に分けるセーヌ川。

 その畔に沿うように、王宮の庭園である広大なテュイルリー庭園がある。

 王太子の誕生を祝うめでたい日ということで、美しく整備された庭園は一日市民に解放され、いくつもある噴水からは、いずれも水の代わりに葡萄酒が吹き出していた。

 噴水のまわりに群がる市民たちのひとりが言った。

「まったく、奇跡のようなできごとさね」

すると、別のひとりが相槌を打った。

「そうそう、王さまとお后さまには、もうお子がおできにならないと、誰もが思っておったのだもの」

「このままなら次の王さまは、弟君のオルレアンのお殿さまに決まっておったそうだが、お世継ぎがお生まれになっては、あのお方の心中は複雑であられるだろうよ」

「何はあれ、めでたいことだよ。裏の星占が言っておったもの。何でも今度の王太子さまは、かつてないほど偉い王さまになられるそうだよ。きっと暮らしやすい世の中になるよ」

それを受けて、近くの若い男が言った。

「先のことがよくなるより、おいらは今の一杯の葡萄酒が欲しいやね。酒がただで呑めるなら、何度でも王さまに万歳するさ」

 と、にわかに庭園の入り口のあたりでどよめきがあがった。

「何だ、何がはじまったんだ」

「なんだかたくさんの馬の蹄の音が聞こえてくるぞ」

「あんた、ちょっとそこに登って、見ておくれよ」

 女たちに促されて、若い男が大理石の像によじ登った。

「おい、何が見える?」

「土煙でよくわかんねえ……。おっ、遠くの方に旗印が何本も立っているぞ。どうやら、馬に乗った騎士たちがやってきたみてえだ」

「なんでえ、近衛の銃士たちかい。わしらを叱りとばしに来たんかな」

「そいつがどうも違うみたいだぞ。おや、こいつはたまげた。あの旗印は、デューク殿の御徴(みしるし)だぞ」

「デューク殿だって?」

「デューク殿だって?」

 ささやきが波のように、人から人へ広がった。
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