臆病者の逃走劇
想い
あまりの距離の近さに距離をとろうとする私の頭を捕らえて、すっと顔を近づける東条くん。
そのうすく伏せられた瞳が、すごく色っぽくて。
心臓が口から出てしまいそうなほど、高鳴っている。
まるで、全身が鼓動しているよう。
「と、東条、くん…っ」
「…黙って目ぇ閉じて」
低い声が、私の胸を震わせた。
わずか数センチの距離で喋るものだから、東条くんの暖かい吐息が唇にかかって、恥ずかしくなる。
言われなくてもこの状態に耐え切れなくなった私は、ぎゅっと強く目を閉じた。
すると東条くんは、ふ、と笑って
「…名前呼んで」
「…っ」
「俺の名前。知ってるだろ…?」
まるで、すがるように囁く。
―知ってるよ。
知ってるに決まってる。
知らない、わけがない。
「はやとっ…、」
目をぎゅっと閉じたまま、泣きそうな声で、呼んだ。
愛しいその名前を。
そしてそんな私の声に答えるように、温かいものが私の唇を包んだ。