【件名:ゴール裏にいます】

「僕が社長の部屋で千尋ちゃんといればいいんですか?」

「あなたのアパートでも良くてよ?千尋が行くって言うんならね」

僕は座り込んで絵本を読んでいる千尋ちゃんの前に腰を屈(かが)め、

「千尋ちゃん、お兄ちゃんのアパートに来る?」

と、聞いてみた。

千尋ちゃんは顔いっぱいに笑みを浮かべ、ブンブンと頭を上下に動かしている。

「決まりね。終わり次第迎えに行くわ」

「はい。――千尋ちゃん、夜はオムライス食べに行こうか?」

『うん!』

千尋ちゃんの声が聞こえたような気がした。

「頼んどいて何だけど、あまり甘やかさないでよ」

「大丈夫ですよ。千尋ちゃんは社長が思っているより大人です」





10時になる前に三人が揃った。長い方のソファーに座らせ、僕は事務用の椅子を転がして座った。

「――と言う事で、あなた達にはB社への足掛かりになって頂きたく思っています。もちろん普段通りにやって貰えば何の問題もありません。ただ『H・O・S』の名前は極力出さないで下さい。お願いします」

篠原さんと相川さん、加藤さん。
三人は「よろしくお願いします」と声を揃えた。

ビシネススーツに身を包んだ三人は完璧だった。
凛とした面持ちに戦う女性の姿が安易に想像できた。

「明日はビシネススーツを着用しなくて結構です。普段着にスニーカーでも何でも良いですから、あまり目立たないようにして来て下さい。だけど仕事では大いに目立って下さいよ、期待しています」

郊外にある現場の地図を三人に渡し、明日の朝8時までに来るように言った。

「僕は先に行ってますから、遅刻だけは勘弁です」

最後にそう言い、三人は解散して行った。



「お疲れさまでした!」

出口まで見送りに出た時に篠原さんに呼び止められた。

「勇次くん、あの人が社長でしょ?挨拶したいんだけど」

「ああ、良いですよ。ちょっと待ってて下さい」



黒亶の机の前に歩み寄り、原田社長にその旨を告げた。

「篠原さん、こちらへ――」



「社長、篠原です」

僕の言葉を受けて篠原さんはこう切り出した。

「原田社長、お世話になります。篠原です」

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